映画『もしも徳川家康が総理大臣になったら』を観て、理想のリーダー像について考えた話

皆さんこんにちは。大倉です。

先日、Amazonプライムで『もしも徳川家康が総理大臣になったら』を観ました。

2024年公開の映画で、通称「もし徳」。 コロナ禍を舞台に、AIとホログラムで歴史上の偉人を蘇らせ、 徳川家康を総理大臣とする最強内閣を作るという、 なんとも奇想天外な設定の作品です。

タイトルを見て「なんだこれ」と思って再生したのですが、 思っていた以上に、いろいろと考えさせられました。

今回は、その話を書いてみます。


豊臣秀吉(財務大臣)のひと言が、ずっと頭に残っている

映画の中で、印象に残ったシーンがいくつかあります。

豪華なキャストが並ぶ中で、 竹中直人さんが演じる豊臣秀吉(財務大臣)に、 一番引っかかりました。

映画の中で秀吉は、財務大臣として登場します。 派手さでいえば、GACKTの織田信長や野村萬斎の家康のほうが目立ちます。

ただ、秀吉には独特の存在感があって。 どんな状況でも場の空気を読んで動ける、チームの潤滑油のような役割を担っているんです。 立場や役割が違う偉人たちをまとめる内閣の中で、 「人をうまく動かすこと」に長けた秀吉のキャラクターが、 じわじわと効いてくる。

そんな秀吉が、作中でこう言うんです。

「私ができることは3つ。任せること、決めること、責任を取ること。」

きれいにまとまった言葉ではあるけれど、 ただのセリフとして流せませんでした。


なぜ刺さったのか

実は、このセリフを聞いた瞬間、 少し前の自分を思い出していました。

自分がリーダーをやっていたとき、 「すべて自分が把握したうえで、任せる」が前提でした。

どんな質問にも答えられないといけない。 メンバーの仕事も、自分が理解できていないと任せられない。 そういう考えで動いていました。

ただ、最近になってようやく気づいたんです。 それだと、人は育たない。自分も大変になるだけだと。

任せることを覚えようとしていたちょうどそのタイミングで、 なんとなく再生したこの映画の中で、秀吉がああ言った。

だから刺さったんだと思います。

少し考えてみると、 この3つって、言葉にするのは簡単でも、 実際にやり続けるのはかなり難しいことだと思うんです。

任せること。 これは、相手を信頼することと同じです。 「もしかしたら失敗するかもしれない」という不安を抱えながらも、 手を離す判断をしなければならない。

細かく管理したくなる気持ちも分かるし、 自分でやったほうが早いと感じる場面もある。 それでも任せる、というのは、意外と勇気がいることだと思っています。

以前の自分は、「全部把握してから任せる」スタンスだったので、 結果的にほとんど任せられていなかった。 結局自分がやって、やり方まで調べ上げて、任せるって感じだった。
それだと負荷は上がるし、どうやるかの観点が部下に身につかないと感じた。
丸投げは論外だけど、任せることが大事と思うようになった。

決めること。 情報が揃っていなくても、 全員が納得していなくても、 どこかで「こっちで行く」と決める必要がある。

決めないことで周りが動けなくなる場面を、 見たことがある人は多いんじゃないでしょうか。 決断を先送りにすることが、一番コストが高いこともある。

ここで大事なのは、「完璧な情報が揃うまで待たない」ことだと思っています。 仮でもいいから方向を示す。 それだけで、チームは動き出せる。

責任を取ること。 これが一番難しい気がしています。

任せた結果がうまくいかなかったとき、 「あの人に任せたから」と言いたくなる瞬間が、 人間には絶対あると思う。

それでも、最終的に「自分が引き受ける」と言える人が、 チームの中に一人いるだけで、周りの動き方がまったく変わる。だから、なにをどう任せるか、決めないといけないか、を考える必要がある。

責任を取る覚悟があるから、任せられる。 任せるから、人が育つ。 この3つは、実はぐるっとつながっているんだと思います。


リーダーって、何でもできる人じゃなくていいのかもしれない

映画の中の最強内閣は、 当然ながら全員が優秀です。

でも秀吉の言葉が印象的だったのは、 「自分が全部できる」とは言っていないからだと思います。

任せるということは、 自分一人では完結しないことを認めている。

それでも、決めて、責任を取る。

なんか、 それだけでいいんじゃないかという気がしてきました。

完璧にできる人より、 最後まで引き受けられる人。

一緒に働くなら、 自分はそういう人でありたいと思ったし、 そういう人のそばで働きたいとも思いました。


きれいな話ではないけれど

映画自体はコメディ要素も強くて、 GACKTの織田信長(経済産業大臣)や、 野村萬斎さんの徳川家康など、 笑えるシーンもたくさんあります。

重く観る映画ではないし、 夏休みに気軽に楽しめる作品です。

ただ、 所々にこういう「引っかかり」があって、 観終わってからもじわじわ考え続けてしまう。

そういう映画でした。


まだ観ていない方は、ぜひ。

「鳴くまで待とう」の家康より、 個人的には秀吉の3つの言葉を、 一番持って帰ってきた気がしています。


最後に、少し宣伝を

映画を観ながら、ふとパロスのコンパスを思い出していました。

パロスには、日々の判断に立ちかえるための3つのValueがあります。

自分をてらす、ひとをてらす、みらいをてらす。

秀吉の「任せること、決めること、責任を取ること」って、 この3つと重なる部分があると思うんです。

任せることは、相手を信頼し尊重すること。ひとをてらす、に近い。 決めることは、不確実な中でも仮説を置いて前に進むこと。みらいをてらす、に近い。 責任を取ることは、矢印を自分に向け、逃げないこと。自分をてらす、に近い。

歴史上の人物の言葉と、自分たちの文化が、 思わぬところでつながって見えた瞬間でした。

ただ、コンパスを読み返してみて、もう一つ気づいたことがあります。

パロスのコンパスにはこんな言葉があります。

「文化は、掲げるものではなく、選び続けるものだ。」

秀吉の3つも、同じだと思うんです。 「任せる・決める・責任を取る」は、一度やれば終わりじゃない。 毎日の小さな判断の中で、繰り返し選び続けるものだと。

リーダーとして何かを「知っている」ことと、 実際に「選び続けている」ことは、全然違う。

映画を観て、そのことを改めて突きつけられた気がしました。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

任せること、決めること、責任を取ること。 秀吉の言葉は、リーダーとしての自分に向けたものでもあったけれど、 「自分に合う仕事や環境を選び続けること」にも、通じる気がしています。

ぜひあなたも、自分に合うストレッチを見つけてみてください。

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